むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました。ふたりはひとざとからすこしはなれたおがわぞいにすんでいましたが、ひとがらのよいおじいさんたちをしたってわかものがときどきたずねてくれるので、ふたりのせいかつにはとくにこまるようなことはありませんでした。ねんじゅうあたたかいためくらしやすいとちがらで、ちいさなはたけをたがやし、おがわでさかなをつかまえ、もりできのみをひろえば、たべるものにこまることもありません。おじいさんたちをたずねるわかものたちも、かならずおみやげにたべものをもってくるので、ふたりはここすうねん、ひもじいおもいなどしたことがありませんでした。
「じゃあ、いってくるよ」
おじいさんはやまへしばかりにいき、ひとしごとおえてからはたけへむかうのがにっかです。
「いってらっしゃい、おじいさん」
おばあさんはおがわへいってきものをあらい、てんきのよいひにはもりへあしをはこぶのがにっかです。
ふたりはなにふじゆうなくおだやかにくらし、やがておじいさんがてんにめされるそのときまで、しずかでへいわなひびがつづきました。おだやかなえがおをうかべるおじいさんをみつめながら、おばあさんがたずねます。
「おじいさん、なにか、たりないものはありませんか」
おじいさんはこたえていいます。
「とくにないが、ぜいたくをいうと、おだやかすぎるまいにちにすこしだけつかれていたきがするよ。へいわがいちばんだとはわかっているが、おにたいじにむかうむすこがいたら、とおもうこともたしかにあった」
やがて日が暮れたとき、数十年振りに鬼が近くの村を襲い建物も村人も全て焼き払ったが、寄り添うように召された二人がそれを知ることは最期までなかったということです。