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僕らは、ここでは自由だと思っていた。どこの国のいくつの誰が何を話そうとも、それは僕らの自由だと思っていた。もちろん、自由には責任が伴うし、時にはそれが僕ら自身を傷付けもするだろう、けれど、僕らの何にも属さない自由は、僕らのもので、僕らを突き動かすことができる。そのはずだった。
つまり、そう思っていたのは、僕らだけだった。
「君は、何かに救われたことがある? 全てが許されたような、そんな気分になったことがある? あるって? そうか、君はなんて不幸なやつなんだ」
「どうしてあなたは寄付をしないの? うちの職場で、いえ、このオフィスビルのこのフロアで、慈善団体に寄付をしていないのは恐らくあなた独りだけだわ」 「なぜ寄付をしないのかって? どうして僕が僕自身のために僕自身の手によって稼いだ金を、見ず知らずの誰かがただ食うためだけにくれてやらなきゃいけないんだ?」 「なんてことを言うのかしら。そんな、お金なんて概念上のものじゃないの。そんなものに固執して人間らしさを失ってしまうなんて、あなたは可哀想な人」 「人間らしさ? だとしたら僕は、毎晩その食うに困った子供たちのために祈りを捧げてやるし、二日に一回くらいは涙だってする。僕が僕の人生をコントロールすることをどうして君に邪魔されなきゃいけない? 君には何の権利があって、僕が生きるための糧をどこかへ放り投げようとするんだ」 「ああ、可哀想な人、ああ、可哀想な人」 「それでも君は金を寄越せというのか。人間らしさだの慈善だの綺麗な文句を並べておいて、結局金を払わなきゃ僕は何もしていないのか。祈りも、涙も、人間らしさじゃないのか。概念上の金なんてものに固執してるのはどっちだ、よっぽど君の方じゃないか、くそったれ!」
「努力すればそれだけで報われることが約束されるっていう、そんな現状に辟易するよ。もちろん報われないタイプの努力があるだろうことも知っている。けれど、報われる条件には全て努力が含まれている」 「努力することだってひとつの才能だろう。ならば聞くけれど、なぜあなたは努力をしないのか。できないからだろう。その才能がないのに、負け惜しみを言っているだけだ」 「なぜ僕が努力をしないのかって? 簡単な話さ、お前ら全員が心の底から嫌いだからだ」
「だから、ね」 「じゃあ、さよならだ」
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