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youth

今よりいくらか若かった頃、といってもせいぜいが十年くらい前の話だけれど。自分の若さがいつまでも絶えないものだと、どこからか、絶対的な確信を得ていたのだろう。周りの誰が老いても、例え自分の実年齢が数を重ねていっても、心だけはいつまでも今のままの自分でいる、と。ユースが途絶えることはないのだ、と、絶対的な確信を。

もちろん現実はそうではなかったし、僕は気が付けば守りに入っているような有様で、けれどそれを家族や親戚は褒め、思春期よろしく葛藤に苛まれる日々を過ごしもした。

「誰だって通る道じゃない、すぐに慣れるわ」

と君は言うけれど、果たしてこれは僕にとって乗り越えられる壁かどうか? まだ、そこのところの見極めがつかないでいる。先行きの定まらない日々を、もし前向きな心でいられたなら、それこそ終わっていたはずの僕の若さが蘇った証ではあるのだけれど。

父さん、あなたのような器の大きさを、僕はまだ身に付けられないでいます。母さん、あなたのような繊細さを、僕はまだ遠くから眺めているだけです。ただ、日々は、当て所なく続く。ただ、野心だけが、枯れていく。

undergo

ああ、きっと歩きたかったのはここじゃない、と僕が気付いたのは、もうずっと遠くまで歩いてしまった後のことだった。けれども僕は足を止めずに、違うんだとわかっていながらも歩き続けている。歩く、歩く、誰に知られることもなく、夜の街道を、ひっそりと歩く。

「さらさらと、さらさらと」

諳んじる言葉なんて誰に届かなくてもいい、そう思っていた下心のなさが、僕をどんな境遇に置いただろう? 聞かれない言葉を語る意味なんてない。けれど、そんな汚い考え方をするようになった僕に、本当の意味で言葉を語ることができるだろうか?

「流れてゐるのでありました」

歩きたい道は歩けなかった。きっと、これからも歩けるようにはならないだろう。歩くつもりのなかった道を選んだのは、他ならぬ僕だからだ。歩きたかった道を捨てたのは、他ならぬ僕だからだ。僕の所業を誰かの所為にして、僕が救われるだろうか? まさか、そんなこと。

「汚れつちまつた悲しみに、今日も風さへ吹きすぎる」

manner

不躾な距離感を持った人間はある意味でとても幸せだけれど、彼(彼女)が誰かを幸せにするには途方もない努力が必要になる。あるいは自分そっくりの誰かを見つけることができたら、誰をも傷付けることなく八方丸く収まるのかも知れないが。残念ながら、僕は今までそのような例を見たことがない。

「大丈夫だって、何とかなるって」 「気を落とすなよ、お前はやればできるんだ」 「困ったときはいつでも呼んでね」 「独りだなんて思わないで」

彼らはきっと幸せに生きるだろう。歩き続ける道の上に、常に誰かの血痕を残しながら。彼らの背を見つめる僕は、血を流し続けながらも、彼らの幸せを願って止まない。自分が傷付けられたからといって、その相手の不幸せを願うことは、程度の低いことだとは言わないけれど、くだらないことだ。だから、彼らに幸せを。くたばれ。

siamese

体がばらばらになるような、芯から燃えて炎を吹き出すような、そんな夢を見た。フロイトやユングが僕をどんな人間だと評価するか知らないが、外の力で内部を変えるなんてことをナンセンスだとしか思っていない僕には、まさしく馬の耳に何とやら、かも知れない。そうだ、僕は、昔からそういうやつなのだ。

最近はその手合いなんてめっきり見なくなっていたから、心のどこかが油断していた。通勤のために毎朝訪れる駅の、毎朝見慣れた構内の風景に、異物が紛れていた。世間一般の審美眼ではあれは素晴らしいことで、少なくとも僕よりはよほど優れた人間らしい。彼らの持つ箱に書かれた「募金」という文字を、僕はまだ音読する勇気がない。

くだらないくだらないくだらない一日を終えて帰途につく頃にもまだ、頭の中からそれは離れない。彼らの言葉の上でのみの「お願いします」は暗黙の常識と良心の呵責を伴って人を責め立てる。幸いかどうかはともかく、僕はそれに完全な不感症でいるから、彼らの思惑通り動くことはないだろうけれど。彼らのうちの誰かが、すぐそこの居酒屋からおぼつかない足取りで出てきたなら、それは僕をとても安心させるだろう。

そうだ、僕は、昔からそういうやつなのだ。

begin

「価値だとか意味だとか、そんな高尚なものに思いを馳せなきゃやってられないやつは今すぐリタイアしちまえ。お前が嫌だ嫌だなんてぐずろうがもうレースは始まってる、スタートラインで駄々こねる見苦しさを露呈してもまだ呆けた顔で絵空事を口にし続けるんなら、お前を必死の思いで産み落とした親だっていつまでも浮かばれねえだろうよ。走ってみせて一人前だって証明してから文句を言え、挑戦する前から、自分に可能かどうか客観的に判明する前から、これには価値がないだの意味がないだのと自分を正当化しながら逃避するんじゃねえ。お前のやってることは、全ての他人に対する冒涜だ」 「実存だ何だとどこまでも疑わなきゃいけないような頭の持ち主は客席に回れ。お前を含め並走者を含め、疑おうが疑うまいがそこにそれは在るんだ。それを訳知り顔で本当はないだのあると思うからあるだのと、言葉遊びで他人を煙に巻いたところで何にもなりゃしねえ。在るものを在るかも知れないもの、と再定義したところで何の解決にもならない、それがわかったところで結局自分には何の行使力もないことを思い知るだけだ。がっかりしたいだけなら持ち馬に大枚はたく客席側に回れ。必要なのは、それが何かを知ったつもりになることじゃない。それに対してどうすればいいのか、どうするのか、だ」

ざわめきが周辺を包み、やがて何事もなかったように鎮静化する。夜が街を包むように明かりは弱くなり、何もかもが機能を停止したように静まり返る。やがて本当に誰もが動かなくなり、死ぬことを考え始める。

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